息子に受け継がれる三菱「ミニカ70 GSS」は、部品枯渇でも親子で楽しむ希少な水冷ツインキャブ軽
モーターランド三河で開催されたサブロクミートに、全国から多くのサブロク軽が集まった。会場で見つけたのは、現存数が非常に少ないとされる三菱「ミニカ70 GSS」である。オーナーは息子が乗りたいと言ったことをきっかけに、久しぶりに車検を取得。親子でこのイベントへやってきたという。部品供給が絶望的な希少車と長く付き合う秘訣を取材した。
あまり見かけないオレンジボディの2代目三菱ミニカとは
会場で見つけたのは、鮮やかなオレンジのあまり見かけないクルマである。車体側面のエンブレムから三菱「ミニカ」とわかった。丸目4灯という軽自動車らしからぬフロントフェイスに、赤く縁取りされたグリル、側面にはGSSのエンブレムが備わっている。そこでオーナーの木下さんに話を伺った。
「このクルマは1970年式のミニカ70 GSSというモデルです。ミニカ70には空冷エンジンのA100と水冷エンジンのA101があり、これは水冷A101のなかでもトップグレードのGSS。昭和55年ころに手に入れて、かれこれ45年くらい所有しています。購入して2年ほど乗ったあと、しばらく眠らせていました。最近、息子が乗りたいというので車検を取り、今日も息子と2人で参加しています」
三菱「ミニカ70 GSS」の丸目4灯ヘッドライトは何を意味するのか
丸目4灯に見えるヘッドライトは、丸目2灯ヘッドライトの内側にフォグランプを組み合わせた構成である。三菱「ミニカ」は1962年に初代が登場した。1969年7月にフルモデルチェンジを受け、2代目は70年代をリードするという思いを込めてミニカ70の名で発売された。
そのころ、2代目は冷却方式でエンジンが二系統に分かれていた。空冷のスタンダードとデラックスがA100、水冷のスーパーデラックスとスポーティデラックスがA101である。1969年12月には、ツインキャブの水冷エンジンを積むSSとGSSが追加された。GSSはこのシリーズの最上級モデルにあたる。

木下さんは“色々なイベントに参加するものの、同じクルマを見たことがない”と話すほど、2代目ミニカの現存数は少ない。木下さんによれば、ラジアルタイヤを履くツインキャブのGSSは、当時のパワー競争に応えたスポーティなグレードだという。
ちなみに、フォグランプを内蔵した丸4灯ライトは、1970年10月のマイナーチェンジ以降に登場した最上級グレードのGLでも標準装備となった。GSSだけの専用装備ではない点には注意したい。
三菱「ミニカ70 GSS」のオレンジボディはオリジナルペイントだった
取材車両はオリジナルペイントをキープしており、状態は驚くほど良い。2ストローク2気筒のエンジンを縦置きしたFR構造ゆえ、ボンネットは意外と長い。それでも背の高いキャビンのおかげで、室内は広く居住性も良好である。内装は純正を再現した生地で張り替えたという。
木下さんは「赤いステッチが純正と比べて太すぎて失敗した」と笑う。
パーツの供給状況は絶望的である。エンジン部品は多少なんとかなるものの、ボディ部品の状況は厳しく、常に収集を心がけてもほとんど手に入らないという。そのため、近い年式の車両を部品取り車として確保している。それでも合わない部品はあり、そこは開き直って「壊れたらしゃーないか」の気持ちで乗っているそうだ。
足元にはダンロップ「SP10」を組み合わせた5本スポークのホイールが装着され、ボンネット上には砲弾型ミラーが伸びる。当時のスポーティな雰囲気を今に伝える装いである。
部品が尽きれば終わりという覚悟を抱えながら、木下さんは肩の力を抜いて愛車と向き合う。その姿勢の根底にあるのは、息子と同じ時間を共有したいという思いである。眠っていた45年来の相棒に再び命を吹き込んだのは、次の世代へ受け継ぎたいという素朴な願いだ。希少車を守るという気負いよりも、親子でこのクルマを楽しむという日常こそが、この1台を今日まで走らせてきた原動力なのである。








































