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実戦ラリー経歴もある1970年式アルピーヌ「A110-1300G」レストア済み車両に落札額約1592万円は妥当か?

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: RM Sotheby's  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

スタンダードなA110-1300Gの相場価格を鑑みても至極常識的な落札価格か!?

2年に1度開催される「グランプリ・ドゥ・モナコ・ヒストリーク」に合わせ、RMサザビーズのオークションがモナコで開催された。そこに出品されたのが、1970年式のアルピーヌ・ルノー「A110-1300G」だ。アマチュアドライバーによるラリー実戦経験を持ち、希少なイエローの「ジョーヌ・レデレ」カラーに彩られた特別な個体である。WRC(世界ラリー選手権)を制覇した名車の歴史と、大規模なレストアを経て約1592万円で落札された1台の来歴が明らかになった。

ゴルディーニチューンのエンジンを搭載し、世界ラリー選手権の戴冠に輝いた初めてのクルマ

1962年から1977年まで生産されたアルピーヌ・ルノー「A110ベルリネット」は、第二次大戦後のフランスでは随一ともいえるスポーツカーブランド、アルピーヌの中でも最高傑作と目されるモデルである。南仏の地方都市、ディエップのルノー販売代理店主ジャン・レデレが1955年に興したアルピーヌは、ルノー量産車のコンポーネンツを活用したスポーツカーを製作し、ルノー販売網の一部でセールスするというスタイルを、復活後の現在に至るまで貫いている。

創業から1995年にいったん歴史の幕を閉じるまでに製造されたスポーツカーは、いずれもエンジンをリアに置くRR(リアエンジン・リアドライブ)車だ。ルノー「4CV」をベースとする「A106ミッレ・ミリア」に始まり、後継車ルノー「ドーフィン」をベースとする「A108」、そして革新的なRRベルリーヌであるルノー「8(R8)」をベースとしたのが、アルピーヌ・ルノー A110ベルリネットである。

自社製のバックボーン式フレームにルノー 8用の前後サスペンションと4輪ディスクブレーキを移植し、FRP製の美しいボディを組み合わせたモデルだが、その成功の鍵は、なんといっても「ル・ソルシェ(魔術師)」と称されたチューニングの名匠、アメデ・ゴルディーニが、ルノーの実用エンジンをチューンアップした高性能パワーユニットを得たことだろう。ゴルディーニはルノーの一般的なOHVエンジンをベースに、独自のクロスフロー型シリンダーヘッドやウェーバー製ツインキャブレターを組み込むことで、限られた排気量から驚異的なパワーとレスポンスを引き出したのだ。1965年、「A110-1100ゴルディーニ(1100G)」からスタートしたアルピーヌとゴルディーニの伝説的コラボレーションは、ラリー活動で一気に開花することになる。

生来、イタリアの「ミッレ・ミリア」などの長距離ロードレース用GTから発展してきたアルピーヌ・ルノー A110が、実はラリーマシンとして非凡な資質を持っていることに気付いていたレデレとゴルディーニは、いっそうの高性能を期した排気量拡大モデル「A110-1300G」を開発した。まずは国内ラリーから本格的に総合優勝を目指して参戦し、予想どおりの好成績を挙げる。その後、ゴルディーニがさらにチューンを高めた「1300S」、あるいは「1600S」へと進化し、「世界ラリー選手権(WRC)」の前身である「欧州ラリー選手権(ERC)」へと投入することになった。

彼らの目論みは見事に功を奏し、素晴らしい速さと耐久性を兼ね備えたアルピーヌ・ルノー A110は、1971年シーズンにはERCで初の全欧タイトルを獲得する。さらに1973年シーズンには伝統の「モンテカルロ・ラリー」優勝を皮切りに、この年から開幕したWRC選手権コンストラクターズ部門でワールドタイトルを制覇し、ついに世界ラリー界の頂点を極めるに至った。

希少な純正オプションを装備し、珍しい純正色ボディカラーを備えた元ラリー競技車両

「F1モナコGP」と並ぶモナコのモータースポーツといえば、「ラリー・モンテカルロ」である。とくに往年のロマンチックなラリー競技を愛好するエンスージアストにとっては、モナコのパルクフェルメと隣接する南仏の山々は、まさしく聖地として崇められている。一方で、2年に1度開催されるF1モナコGPのクラシック版「グランプリ・ドゥ・モナコ・ヒストリーク」に付随するかたちで、モナコGPコースに面した「オテル・フェアモント」を舞台としてRMサザビーズの「MONACO」セールスが開催されるのが、ここ数年の通例となっているようだ。

2026年4月24日に開催されたオークションでは、もっともモンテカルロに似合うクラシックスポーツカーのひとつアルピーヌ・ルノー「A110-1300G」、しかもフランス国内戦ながらラリー競技歴のある個体が出品された。RMサザビーズ「MONACO 2026」セールスに出品されたアルピーヌ・ルノー A110は、1970年に生産された個体だ。

メーカーオプションのフロントマウント式ラジエーターと、航続距離を延ばすための追加の中央燃料タンクという、人気の高い仕様を備えていた。エクステリアは、アルピーヌ創業者にちなんで名付けられた、めったに見られない黄色「ジョーヌ・レデレ」で塗装されていたと考えられているようだ。

事故によるリタイアを経て手間のかかるFRPボディをオリジナルカラーへと完全復元

もともとは、ニース近郊クロ・ド・カーニュのルノー/アルピーヌ正規販売店のデモカーとして納車されたというこの個体は、ナンバープレート「501 RP 06」を付けて、最初のオーナーであるニース在住のアマチュア・ラリードライバー、フランソワ・オルランディーニのもとに納車された。「エキュリー・ジャン・ベーラ」チームに所属し、グループ4レースに参戦したこのアルピーヌ・ルノー A110は、1970年9月9日に開催された「コース・ド・コート・グルドン・コソル」でデビューを果たした。

1970年11月初旬、オルランディーニは「ナショナル」ライセンス保持者に限定された「トゥール・ド・コルス」のサポート戦である「トゥール・イル・ド・ボーテ」に出場する。さらにその1週間後、彼は「クリテリウム83」ラリーで総合8位に入賞する。翌1971年シーズンになると、オルランディーニが「ジュニア・モンテカルロ・ラリー」に出場する直前に、より伝統的なメタリックブルーに再塗装される。このラリーでは、ニース周辺で行われた8つのスペシャルステージで、65名のライバルを相手にしたオルランディーニは、総合2位という好成績を収めた。

しかし1971年6月、この年が最終の開催となった「クーペ・デザルプ」に出場したオルランディーニは、第1ステージで事故に遭い、リタイアを余儀なくされてしまう。その後、このアルピーヌ・ルノー A110は売却され、フランス国内で複数の所有者を経たあと前オーナーの手に渡る。そして彼は、かつての栄光を取り戻すべく大規模な修復を行うこととした。このとき新車時からのFRP(繊維強化プラスティック)製ボディパネルは交換されたが、シャシーとバックボーンフレームはそのまま残された。

アルピーヌ・ルノー A110に採用されているFRPボディは、経年劣化によるクラック(ひび割れ)や歪みが発生しやすく、パネルを交換して当時の姿に美しく修復するには、現代の板金塗装とは異なる高度な専門技術と莫大な費用が必要となる。当時の仕様に忠実な部品の調達には多大な時間が費やされ、車体はオリジナルカラーである印象的なジョーヌ・レデレで美しく再塗装されている。

確かなヒストリーとコンディションが評価されて落札価格約1592万円でハンマー!

今回の出品にあたり、アルピーヌの歴史に造詣の深いヒストリアン、ジル・ヴァレリアン氏によるヒストリーレポートに加え、当時のラリーのエントリーフォーム写しや歴史的な写真資料も添付されることになった。RMサザビーズでは、このA110-1300Gについて「現役当時の競技歴を持ち、希少な純正オプション装備を誇るこのA110は、コレクターや愛好家の注目を集めること間違いありません」と正統性を強調したうえで、8万ユーロ〜12万ユーロ(邦貨換算約1480万円〜約2220万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定した。

そして迎えたオークション当日、オテル・フェアモントで行われた競売では、エスティメートの範囲内に収まる8万6250ユーロ、現在の為替レートで日本円に換算すれば約1592万円で、壇上の競売人が手にする小槌が鳴らされることになったのである。

このハンマープライスは、昨今の欧州マーケットにおけるスタンダードなA110-1300Gの相場価格を鑑みても、至極常識的な結果だ。現役時代のラリー競技歴がはっきりしているという来歴と、かなり高度なレストアが施された現状のコンディションを思えば、今回の落札者は歴史的価値に見合う素晴らしい買い物ができたといえるだろう。

※為替レートは1ユーロ=約185円(2026年7月12日時点)で換算

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

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