壊滅的に遅い! でも、それでいいじゃないと思わせる魅力たっぷり
フィアット 600D ムルティプラをまじまじと見ると、まずは日本の軽自動車枠に収まる全長3535mm×全幅1450mm×全高1520mmという絶対的な小ささに驚かされるとともに、「どちらが前で、どちらか後ろか分からない」と冗談めかしていわれるスタイリングが、じつに魅力的であることを実感する。
フォワードコントロールという考え方自体は、第二次世界大戦前のトラックやバスでもすでに存在していたほか、同じRRレイアウトの小型車であるフォルクスワーゲンでは、1950年から「タイプ2」として、同じ様式の商用バンや乗用ワゴン/ミニバスを生産してはいたものの、基礎となる600 ベルリーナの流麗なデザインアイコンをそのまま生かしたこと。くわえて、なにやら動物の顔を思わせるマスクの圧倒的な可愛らしさも相まって、まだデザイン立国だった時代のイタリア製品と感心させられてしまうのだ。
今回の取材にあたって、名古屋の「チンクエチェント博物館」からお借りしたのは、1965年式の600D ムルティプラ。つまり、767cc・28.5psのエンジンを搭載するモデルである。前開きのドアを全開し、運転席の足元を分断するステアリングロッドを、右足のつま先でまたぐようにしてコクピットに乗り込むと、フロントパネル1枚を挟んだ目の前は外界という、ノーズのないクルマには慣れていない筆者には新鮮な光景が広がる。
水冷4気筒エンジンは、セル一発で始動。アイドリングからして長閑な排気音を奏でる。床から生えたシフトレバーはかなり長いものの、その手ごたえは予想よりもしっかりしたもので、まずは1速に入れ、セイチェント系に共通する軽いクラッチをエンゲージして走り出してみることにした。
こちらも予想していたのだが、やはり遅い。最初のうちは遠慮して、早め早めのシフトアップを心がけていたのだが、それではすぐに失速してしまう。そこで意を決して昔ながらのイタリア流、1速、2速ともに引っ張り、スピードが乗ったところで3速に叩き込むやり方で走らせてみると、わずかながら活発になってくる。
ただ、いくら活発になったとしても、車両重量は600D ベルリーナの605kgに対して、750kgというかなりの重さである。スペック上では4.45kgm/3250rpmに過ぎない最大トルクでは、加速感もたかだか知れている。ところがドライビングに没頭しているうちに、そんな数字の上のことなど、すっかり頭から離れてしまった。
細いトルクをなんとかやり繰りするために、シフトチェンジを小刻みに繰り返すのは決して苦ではなく、むしろ積極的に楽しいこと。後方から聞こえてくる「ブオオオオ~ン」というサウンドは実用車然としたものではあるが、いかにもクラシック・フィアットを満喫している気分が盛り上がってくる。
















































