古き良きイタリア映画の世界に没入したような、ちょっと不思議な感覚
そして、わずかながらもスピードが上がってくると、「ヌォーヴァ500」やセイチェントなど、RRフィアットに共通する操縦性も明らかになってくる。
おっとりした見た目の印象からは意外に感じられるかもしれないが、ステアリングフィールは正確でシャープ。くわえて、ステアリングギアボックスに至る以前に「く」の字に曲がった複雑なリンクを介するせいか、あるいは前輪の真上に座るフォワードコントロールゆえに、筆者の重い体重がダイレクトにフロントアクスルを圧迫するせいなのか、とくに据え切りではなかなか重い操舵力を必要とする。
したがって低速域では、いわゆる「手アンダー」が出てしまうものの、重心の高さから大きなロールを発生するコーナリング特性との組み合わせでは、この手アンダーと絶対的な遅さが、結果として安全性を担保しているともいえる。
現代の「ステランティス」フィアット部門公式のクラシックカー部門「FCAヘリテージ」が発表したデータによると、600D ムルティプラの車両総重量は1150kgに達するという。だから、このクルマ生来の目的どおり6名乗車で家族のラゲッジを満載してヴァカンツァに繰り出したならば、たとえば当時開通して間もなかった「アウトストラーダ・デル・ソーレ」や、北イタリアのアルプス山塊付近では、つねにエンジン性能めいっぱいの、なかなかハードな移動になっていたものと思われる。
また、キャビン内には排気音やら何やらがとどろいていたのも間違いないだろうが、当時このクルマを初めて手に入れた庶民の大家族たちは、それらの大騒音に負けない大声でおしゃべりしながら、楽しいヴァカンツァに赴いた……。
この600D ムルティプラに乗っていると、往年のイタリア映画の冒頭にありそうなノスタルジックなシーンの一部になったかのごとき、ちょっと甘い錯覚が、心の奥底に沸いてきたのである。
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