オイルショックで’70年代のアメ車人気が一気に衰退
また、とあるジャーナリストの大先輩からは、
「アメ車買ったんだって? まさかグランダムじゃないよね……」
と言われた。当時、どんなに高くても310万円で買えた最新のDOHCエンジン搭載車を指して、そう言ったのだ。すかさず
「違いますよ! キャデラックです」
と少し自慢げに言ったことを思い出す。
当時、モータージャーナリストでアメリカ車を日常的に使っている人はほぼ皆無だった(コルベットやマスタングはいたかもしれないが)。そのため、筆者のセビルはかなり注目を集めた。
この時代は、アメ車=デカい、大食い、運動性能最悪と悪評が定着していた。しかし、1960年代から1970年代半ばにかけては、日本ではアメリカ車がステータスシンボルであり、多くの芸能人やプロ野球選手がこぞって乗っていたのである。それがオイルショックを経て「一億総省燃費」の時代になると、デカくて燃費の悪いアメ車は見向きもされなくなり、輸入車といえばドイツ車という時代へと突入していく。
しかし、筆者のセビルは、これらのネガティブ要素がほとんどないモデルだった。まず「デカい」については、全長が4800mm台だったため、決して大きくはなく、車幅はそれなりにあったものの、都内で運転してもさほど苦労することはなかった。
驚きの経済性と快適性
次に「大食い」という点も、正直当たらない。当時でもキャデラックはレギュラーガソリンを使用できた。コンパクトカーでさえハイオクが必要だったヨーロッパ車とは対照的だ。高速巡航性も非常に高く、ゆったりと流せば4.5Lエンジンでも13km/Lほどは走ったので、燃費は決して悪くなかった。
最後の「運動性能」については、さすがにお世辞にも良いとは言えないが、当時のアメリカ車がすべていわゆるオールシーズンタイヤを装着しており、その性能が非常に悪かったことも原因のひとつだった。また、ウルトラソフトなサスペンションのせいで、少しのコーナリングでも派手なスキール音を撒き散らした。しかし、快適さで言えば、このクルマは無類に快適だった。今も、あの時代のキャデラック以上にスムースで静かで、NVH性能(騒音・振動・ハーシュネス)が高かったクルマは数えるほどしかないと思う。
横置き4.5L V8エンジンは非常にスムースで静かだった。OHVではあったが、良いエンジンだと感じた。シートのクッションもウルトラソフトで、1960年代のシトロエン「DS」のようだった。これにより、走行中にどんな姿勢をとっても体がシートに馴染み、疲れにくかった。もちろん、サイドサポートなどほとんどないが、体がシートに埋まることで、それなりにサポートしてくれた。そもそも、そんなスピードを出してコーナリングできるサスペンションセッティングとタイヤ性能ではなかったのだ。だからワインディングを飛ばしたい人にはまったく不向きであった。
結局、3年間このクルマに乗っていたと記憶している。今でもこのキャデラックを懐かしく思うのは、嫌いじゃなかった証拠だろう。
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