事実上の2オーナー!初代オーナーは純正パーツでアップデートを施す
今回、ボナムズ社の「The Quail 2025」オークションに出品された「ロングフード」のポルシェ911Tクーペは、欧州仕様のFシリーズである。モデルイヤーとしては1973年モデルにあたるが、この時代のポルシェの慣例で前年秋から生産が始まっているため、この個体そのものの年式は1972年となる。
現在もオリジナルペイントの「ライトイエロー(コード117)」のボディに、ブラックのビニールレザー内装が美しく調和している。この個体は新車時にイタリアに納車され、1986年から現在まで同一家族によって所有されており、新車時からわずかふたりのオーナーしかいないと伝えられている。
ファーストオーナーとなった人物は、医師であるとともに「ポルシェ・クラブ・イタリア」のメンバーであった。彼は1970年代初頭の純粋な美学を保ちつつ、実質的なパフォーマンスを向上させるため、さまざまなアップグレードを実施してきたとされる。
13年にわたる初代オーナーの所有期間中には、スペシャリストによるケアが施された。オリジナルでナンバーマッチングのエンジンには、911S用のピストン、コンロッド、カムシャフトによってアップグレードが実施されている。シャシーには「KONI」社製スポーツダンパーが装着された。その結果、イタリアにおける最近の試乗では、適切なアップグレードが効果を発揮し、印象的なパフォーマンスを示したと、今回のオークション出品者である現オーナーは述べている。
加えて、Fシリーズから911T用のオプションとして用意されたATS社製「クッキーカッター」スタイルのアロイホイールにピレリの「CN36」ラジアルタイヤを組み合わせ、正しいスタンスを実現している。
運転席には、アルファ ロメオやアバルト用のシートを製作していたイタリアの「フジーナ」社製の「ナナサンカレラRS」用シートと、操作性に優れる直径38cmの小径RSステアリングホイールを装備している。車両に添付されたポルシェ純正証明書がオリジナルスペックであることを証明するとともに、ツッフェンハウゼン工場からの出荷時に施される「シュッツ(Schutz:現在は3M傘下)」のアンダーコートや、ポルシェ本社指定のメソッドによる防錆処理の痕跡が確認できる。純正の「セクリット」社製ガラス、独「ボッシュ」社製の純正灯火器なども、この911Tの良好な保存状態を物語る要素である。
リザーヴなしが招いたエスティメート割れした落札価格
ボナムズ社の公式WEBカタログでは、
「厳選された改良を施し、大切に扱われてきたこの911Tは、典型的でありながらレアな1970年代の色合いで仕上げられており、ラリーやツーリング、あるいはお気に入りのワインディングロードを駆け抜ける週末のドライブに理想的な選択である」
というフレーズとともにPRされた。エスティメート(推定落札価格)は現在の市場を反映した10万ドルから13万ドル(邦貨換算約1480万円〜1924万円)に設定。さらに、このロットは「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」で競売を行うことが決定された。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは、ビッド(入札)価格の多寡を問わず確実に落札されるため、競売会場の購買意欲を盛り上げ、エスティメートを超える勢いでビッドが進むメリットがある。しかし、そのいっぽうで、たとえ出品者の意にそぐわない安値であっても落札されてしまうという、出品者サイドからすれば不可避的なデメリットも同時につきまとう。
こうして迎えたオークション当日、クエイルロッジのゴルフクラブ内に設けられた巨大な特設テント内のステージで開催された競売では、リザーヴなしのデメリットが露呈した。落札額はエスティメート下限に到達しない9万7440ドル、すなわち現在の為替レートで日本円に換算すれば約1440万円に留まった。









































































































