幸運な出会いとこまめな手入れにパーツストック、特別なこと無しに40年以上美しい現役状態を保つ「愛のスカイライン」
富士スピードウェイを会場に、80年代を中心とした車両が一堂に会するハチマルミーティングが開催されました。一般的なクラシックカーイベントとは異なる個性的な車両が並ぶなか、ひときわ目を引いたのが当時の「群58」ナンバーを掲げた1982年式日産R30型スカイライン 2000RSです。40年以上にわたって美しい状態を保ち続ける秘訣と入手の経緯などを、オーナーの小林さんにお聞きしました。
新車同様「群58」ナンバーが輝く82年式スカイラインRS、極上コンディションを保ち続けるワンオーナー級の秘話とは!?
ハチマルミーティングの会場には、数多くの昭和末期から平成初期の車両が集まった。そのなかで目を引いたのが、新車当時と思われる「群58」ナンバーを掲げたR30型スカイラインだ。メッシュホイールを装着している以外は基本的にノーマルに近いボディは、非常にきれいな状態を保っている。オーナーの小林さんに、このクルマを手に入れた経緯を伺った。
「これは1982年式のスカイライン2000RSです。以前はスカイラインジャパンに乗っていたんですが、このクルマの前オーナーがクルマを購入した直後にターボがデビューしてすぐに乗り換えたので、新車から半年経たないうちにほとんど走行していないこのクルマを手に入れることになりました。だからこのナンバーも昭和57年、1982年に登録されたものです」
スカイライン史上初の4気筒DOHCをトップグレードに据えたR30型、「ニューマン」で名を馳せたスカイライン2000RS
スカイラインは、日産と合併する前のプリンス自動車工業が1957年に誕生させた乗用車だ。合併後も車名は引き継がれ、初代GT-Rが登場した3代目のC10型、ターボエンジンをラインアップに加えた5代目のC210型を経て、今回紹介する6代目のR30型へと続いている。現在に至るまで名モデルを輩出し続ける、日産を代表する車種だ。
今回紹介するR30型は1981年に登場。俳優のポール・ニューマンが広告塔を務めたことから、「ニューマンスカイライン」の異名を持つ。それまで4気筒エンジン搭載車が低グレード、6気筒エンジン搭載車が上級グレードという定番の序列を覆し、2リッター直列4気筒のツインカム(DOHC)エンジン、FJ20E型を搭載した2000RSが1981年10月に登場した。さらに1983年2月には、ターボを加えたFJ20ET型を搭載する2000ターボRSを発表。当時の自動車シーンで一世を風靡したモデルだ。
リペイントやOHを経て輝きを放つ82年式RS、予備パーツ確保や家族の理解で愛車と歩み続ける小林さんのスカイライン愛
小林さんがこれまでに行ったメンテナンスを伺うと、外装のシルバー部分のみ2回リペイントしており、最後にペイントしたのは約9年前だという。さらに約8年前にはエンジンのオーバーホールも実施。以来、カーポートの下にクルマを保管し、この良好なコンディションを維持し続けている。補器類はひと通り交換済みで、現在は大きなトラブルもないという。
見た目はノーマルに近い状態ながら、ユーティリタスの車高調整式サスペンション(車高調)とスピードスターメッシュホイールを装着している。リアデフは純正のR180から、いわゆる鉄仮面と呼ばれるR30後期モデル用のより強度の高いR200に交換済みだ。インテリアも純正に見えるが、実は鉄仮面用の内装一式に入れ替えているという。シートのレース素材のシートカバーは、新車当時からのものだ。

R30型のほかにR35型GT-Rも所有しているという小林さん。パーツをある程度ストックしているほか、スペアのエンジンも確保済みで、「まだまだ今後も長く乗りたい! 」という言葉どおり、その準備は怠っていない。奥様も旧車趣味を理解してくれているそうで、イベントに夫婦で仲良く参加している姿が印象的だった。















































