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スズキ「カプチーノ」がいまも愛される理由。走りもオシャレも真剣! 4通りのルーフアレンジも贅沢でした【カタログは語る】

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TEXT: 島崎 七生人(SHIMAZAKI Naoto)  PHOTO: 島崎 七生人

「ABCトリオ」の2番手として1991年に市販化

花の中三トリオ(世代限定表現)ならぬ「平成ABCトリオ」と、いつしか呼ばれるようになったホンダ「ビート」、スズキ「カプチーノ」、そしてオートザム「AZ-1」の3車。このうち、トップバッターだったビートとは半年の時間差を置いて1991年11月に市販化されたのがカプチーノだった。

スズキ待望の2シータースポーツとして若手が開発

カプチーノは、デビュー2年前、1989年の第28回東京モーターショーで同名のショーモデルが登場。このショーモデルが原形となり市販化されたクルマだった。ただしスズキででいうとそれ以前にも「R/S1」(1985年)、「RS・3」(1987年)と、1.3Lの当時の「カルタス」がベースだったが、「なぜこのクルマを市販化しないのか?」と思える2シーターのミッドシップスポーツのショーモデルを発表していた。

そうした経緯があってのショーモデルのカプチーノだっただけに、「今度こそ!」の声が大きく、(よく聞く説明だが)そうしたショーでの反響、評価の高さが市販化を後押し、スズキのイメージリーダーカーにもなるところから市販化が決定された。

「P-89」と呼ばれた開発プロジェクトは、「自分たちが乗りたい」と考える、社内の若手エンジニア、デザイナーにより構成されていたという。

「カプチーノ」の命名の由来は?

「もっと自由に、快適に。人間サイズのFRオープンマインド2シーター」……発表当時の広報資料のページをめくると、そんなコピーが現れる。「Cappuccino」のネーミングの由来も記されているので引用しておこう。

「エスプレッソコーヒーに、泡立てた生クリームかミルクを加え、シナモンをふるとカプチーノのできあがり。シナモンパウダーのかわりに、シナモンスティックでかきまぜるのも粋なやり方です。おしゃれで、ちょっとクセがあって、小ぶりなカップが似合うそのイメージは、太陽を浴びて走るこのクルマにぴったり。そこから、カプチーノと命名しました」

筆者は大学時代は喫茶店でアルバイトをしていたから、経験的に、カフェカプチーノを注文するお客さんは年齢を問わず、自分の生活スタイルにちょっとコダワリを持っていそうな人が多いことを知っていたこともあり、なるほどね、と思わせられるネーミングではあった(なおアルバイトをしていた店では、生クリームにシナモンパウダーをふりかけたうえ、シナモンスティックを添えて出していた)。

手間もコストも注ぎ込まれた4WAYオープントップ

実車では、凝った造りのルーフまわりが特徴のひとつ。「4WAYオープントップ」と呼ばれた仕掛けが組み込まれ、ハードトップ/Tバールーフ/タルガトップ/フルオープンの4通りのスタイルが楽しめた。アルミ製3分割ルーフ(重さは中央部2.3kg、左右各2.5kg)は外した状態で専用ケースに入れトランクに収納可能。またアルミ製リアピラーとガラス製リアウインドウ(熱線入り)は格納時の高さを最小限に抑える分離構造になっていた。

かなりコストと手間がかけられていて、実車を見ながら、逆説的だが精巧にできたプラモデルを見ているような感動を覚えたもの。このピラーとリアウインドウ(とアルミ製3分割ハードトップ)は、ともに世界初をうたったものだった。

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