クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB

クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

  • TOP
  • CLASSIC
  • ショッキングピンクのマツダ「サバンナRX−7 254」が富士を走った! ボディキットはマツダスピード製でした
CLASSIC
share:

ショッキングピンクのマツダ「サバンナRX−7 254」が富士を走った! ボディキットはマツダスピード製でした

投稿日:

TEXT: 原田 了(HARADA Ryo)  PHOTO: 原田 了/佐藤正勝/宮越孝政/マツダ

  • リアカウル後端に設けられたリアウィング。キャビン程度の幅しかないが、これが効率的なのだろう
  • 富士スピードウェイを快走する1982年WEC in Japan参戦仕様(レプリカ)のマツダ・サバンナ RX-7 254
  • 搭載するエンジンは2ローターの13B。ラジエターとの間隔から、REのコンパクトさがよく分かる
  • ボンネット最前部には、ラジエターを抜けてきた熱気を放出するエアアウトレットが設けられている
  • 富士スピードウェイを快走する1982年WEC in Japan参戦仕様(レプリカ)のマツダ・サバ ンナ RX-7 254
  • ワイド&ロングのシルエットを形成するために、リア部分はオリジナルボディにカウルを被せている
  • 富士スピードウェイを快走する1982年WEC in Japan参戦仕様(レプリカ)のマツダ・サバ ンナ RX-7 254
  • ドアミラーには整流効果を考えたエアロカバーが装着されている
  • リアのオーバーフェンダー前部は、フロントから抜けてきたエアを効率的に流せるよう成形されている
  • 長くワイドに成形されたリアカウル。四角いアクリル板は、テールランプの被視認性を高めるため
  • このアングルから覗くと、RX-7ベースであることがよく分かる
  • 富士スピードウェイを快走する1982年WEC in Japan参戦仕様(レプリカ)のマツダ・サバンナ RX-7 254
  • 伸びたテールセクションに設けられたリアウィング。ダウンフォースは十分だろう
  • フロントのオーバーフェンダー後端部は負圧によって空気を引き出す効果がある
  • トランク下部から顔をのぞかせる大径のサイレンサー。マフラーも大径の一本出しだ
  • リアウィングはフラップ付きの2エレメント。調整代はあまり大きくないようだ
  • 79年のル・マン24時間に参戦したRX-7 252i。不運な展開から予選落ちを喫してしまった
  • ピットでデイトナ24時間仕様(レプリカ)と並んだ1982年WEC in Japan参戦仕様(レプリ カ)
  • 富士スピードウェイを快走する1982年WEC in Japan参戦仕様(レプリカ)のマツダ・サバンナ RX-7 254

サバンナRX-3 251で始まった25xシリーズがRX-7ベースで発展

日本国内のシルエットフォーミュラにおいて先駆となった1台が1977年に登場した「サバンナRX-3 251」でした。そのネーミングの由来は、ツーリングカー(グループ2)のサバンナRX-3をベースにシルエットフォーミュラ(グループ5)に発展させたモデルの第1世代、ということになります。

1979年のル・マン24時間レース挑戦に向けて開発された

RX-3 251は、富士のスーパー・ツーリング(ST)レースなどに参戦していた車両をベースにして、フロントのオーバーフェンダーと一体式のノーズカウルにリアのオーバーフェンダー、そしてリアウィングと垂直尾翼などのエアロパーツを自製して組み立てられていました。

搭載されるエンジンは、300psを発生する機械式インジェクターを組み込んだ13Bで、1977年7月の富士500kmでデビュー。この時は冷却系のトラブルからリタイアしましたが、同年12月の富士500マイルでは堂々の6位入賞を果たしています。

富士500kmではエアロパーツのバランスに苦しんだことから、2レース目となった富士500マイルでは前後のエアロパーツをTS仕様に戻し、一方エンジンはデビュー戦と同様に13Bを搭載して出走。2座の純レーシングマシン、GCカー5台に次ぐ総合6位は、事実上のシルエットフォーミュラのクラス優勝でもありましたが、何よりも13Bエンジンの高速耐久性を確認することができたのは大きな収穫となりました。

マツダオート東京(後のマツダスピード)のエントリーでRX-3 251がレースに出場したのはこの2戦のみで、その後はプライベートに託されて富士のST&GTレースから移行したスーパー・シルエット(SS)レースで活躍しています。

RX-3 251の後継は1979年のル・マン24時間レース挑戦に向けて開発されたマツダRX-7 252i。これは文字通り、前年に登場したサバンナRX-7(初代のSA22C型)をシルエットフォーミュラに仕立て上げたもの。市販のロードゴーイングモデルをベースにペリフェラルポートの13Bエンジンを搭載。

ボディにはオーバーフェンダー一体式のフロントカウルと、やはりオーバーフェンダー一体式のリアカウルを装着するという基本コンセプトは初代と同様。しかし、RX-3 251が、カウルワークをマツダオート東京の社内で手作りしていたのとは異なり、RX-7 252iでは富士グラン・チャンピオン(GC)シリーズに参戦しているグループ6の純レーシングカーに関して様々なカウルワークを手掛けていて「空力の申し子」と評価の高かったMOONCRAFT(ムーンクラフト)の由良拓也さんに依頼。

ちなみに車名の末尾にiが追加されていることからも分かるように、13Bエンジンにはクーゲルフィッシャー製の機械式インジェクションが組み込まれていて、最高出力は耐久レース仕様で280psを絞り出していました。

シェイクダウンテストを終えた252iは4月の富士500kmでデビューし、5月の富士GCサポートレースの富士SSレースにも参戦していました。富士500kmでは主にエンジンの耐久性を、スプリントの富士SSレースでは予選仕様で少しパワーアップ。高速でのハンドリングや空力性能のチェックを主なテスト項目としての参戦でした。残念ながら500kmではクラストップを走行中の終盤にエンジントラブル、SSレースではタイヤバーストから2戦連続でリタイアとなってしまい、ル・マンに向けては少し気になるところでした。

そして迎えた本番、生沢徹/寺田陽次郎/クロード・ブシェのトリオで臨んだル・マンでは公式予選で、不慣れなブシェに多くの走行時間を割き、生沢は体調不良となるなどパフォーマンスを発揮できず、予選落ちを喫しています。

12


 

 

 

ranking

RECOMMEND

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS


 

 

 

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS

ranking

AMW SPECIAL CONTENTS