超絶レア度はフェラーリ250GTOを凌ぐフォードGT40ロードバージョンの希少価値度を問う!?
現代のクラシックカーおよびコレクターズカーのオークション事業において、世界最上級のオークショネアとして知られているのがRMサザビーズです。彼らが2026年2月末、フロリダ州マイアミ近郊のリゾートタウンで開催した「MIAMI 2026」セールにて、目玉商品の1台として真紅の「フォード GT40」が登場しました。わずか31台のみが製造された超希少な公道仕様「ロードバージョン」の数奇なヒストリーと、驚きのオークション結果をお届けします。
FIAホモロゲーション獲得のために製作されたロードバージョンはわずか31台という超希少モデル
真に伝説と呼ばれるにふさわしいクルマは、決して多くはない。誇張を抜きにすれば、そのリストはごく限られよう。そんな最高峰のコレクターズアイテムのなかでも、フォード GT40は特別な傑作だ。英国スラウのファクトリーから北米カリフォルニアの丘陵地帯へ、そして仏サルト・サーキットへと続く、血と汗と涙のドラマティックな歴史が重層的に構築されている。
誕生の目的のすべてはマラネロの宿敵、不屈のエンツォ・フェラーリを王座から引きずり下ろすためだった。とはいえ、GT40がル・マン24時間レースで4連覇を達成するなど、当時はほぼ考えられないことだった。しかし、まさにそれが現実となったのだ。1966年から1969年にかけて、さまざまなスペックで世界最高峰のスポーツカーレースを制したのである。
世界に冠たる巨大メーカーが、単なる敵意からライバルメーカーを打ち負かす意図で新規レースプログラムを開始することは稀だ。しかし多くの証言によれば、ヘンリー・フォードII世が世界クラスのスポーツレーシングカーを開発せよと指示した背景には、まさにフェラーリへの対抗心があったという。
開発は、レーシングカーのスペシャリストである「ローラ」のエリック・ブロードレイを招聘し、GT40のためにフォードが英国に新規開設した「フォード・アドバンスト・ビークルズ(FAV)」からスタート。ミッドシップエンジン搭載の「ローラGT(Mk6)」が、開発用試作車として使用された。
そして1964年のデビュー以後、有望ながら成果に苦しんだ複数のシーズンを経て、かのキャロル・シェルビーが率いる「シェルビー・アメリカン」社によってもっとも有名な追加改良が行われた。そのかたわら、デトロイトの「カー・クラフト」社がボディワークの空力ディテールにブラッシュアップを施した。
かくして、1966年のル・マン24時間レースにおけるフォードの猛攻は、14台ものGT40が参戦し、伝説的な1-2-3フィニッシュを飾る結果となった。これにより1960年代後半まで続くフォードによるレース支配の時代が幕を開け、GT40伝説が誕生したのだ。
レースプログラムの終了までに、全タイプ合わせて133台のGT40が製造された。しかし、そのうち公道走行仕様に設定されたMk Iはわずか31台のみ。これは特筆すべき事実であり、1960年代前半から中盤にかけてフェラーリが39台(内3台は330GTOと言われ総排気量約4000cc)を製作した伝説のGTレーサー「250 GTO」(総排気量約3000cc)にも匹敵する希少性を秘めていることになる。










































































































































