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オーテック開発純ラリー競技仕様のスパルタンマシン日産「ブルーバード SSS-R」を廃車の危機乗り越え復活させた奇跡のストーリー

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TEXT: 勝村大輔(KATSUMURA Daisuke)  PHOTO: 勝村大輔(KATSUMURA Daisuke)  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

  • 日産 ブルーバード SSS-R:赤・白・青のトリコロールを基調としたステッカーグラフィックは、U12クラブのメンバーの協力を得て再現されたもの。オーナーの新谷さんが愛車の傍らに立つ
  • 日産 ブルーバード SSS-R:後期型に搭載されるSR20DET型エンジン。赤いカムカバーに「TWIN CAM 16VALVE」の文字が刻まれる
  • 日産 ブルーバード SSS-R:当時モノのNISMOステアリングを装着したコックピット。簡素化された内装はSSS-Rならではの競技専用仕様だ
  • 日産 ブルーバード SSS-R:運転席にはBRIDE製バケットシートとNIVEO製4点式ハーネスを装着。ラリー競技車両としての機能美が凝縮された室内だ
  • 日産 ブルーバード SSS-R:リアシートの両端には乗車定員を4名とするための専用パッドが装着されており、標準装備のロールケージも確認できる
  • 日産 ブルーバード SSS-R:NISMOロゴ入りシフトノブは当時モノ。5速クロスレシオトランスミッションのシフトパターンが刻まれている
  • 日産 ブルーバード SSS-R:メーター類はシンプルな3眼式。スピードメーターは180km/hスケールで、この個体の走行距離は72867kmを示している
  • 日産 ブルーバード SSS-R:当時モノのNISMO製8スポークホイールを装着。ブレーキキャリパーは赤く塗装されている
  • 日産 ブルーバード SSS-R:トランクリッド上に施されたSSS-Rのステッカーグラフィック。U12クラブの協力を得て当時の仕様を忠実に再現している
  • 日産 ブルーバード SSS-R:ストイックな二本出しマフラーがいかにも競技車両らしい
  • 日産 ブルーバード SSS-R:NISSANロゴが記されたマッドフラップがラリーマシンとしての印象を引き立たせている
  • 日産 ブルーバード SSS-R:赤・白・青のトリコロールを基調としたステッカーグラフィックは、U12クラブのメンバーの協力を得て再現されたもの
  • 日産 ブルーバード SSS-R:フロントバンパーをカットして装着した大型フォグランプが存在感を放つ。ボンネットにはNISSAN BLUEBIRDのステッカーグラフィックが再現されている

事故で全損! でも諦めなかった日産「ブルーバード SSS-R」オーナーの不屈の復活劇

ラリー競技に使用されるクルマは一般の市販車を補強するため、見た目も市販車に近い車両も数多いことから視覚的にも親近感の持てるモータースポーツです。今回はハチマルミーティングで発見した、普通の4ドアセダンタイプのボディ形状ながらラリー競技で活躍した日産「ブルーバード SSS-R」を紹介します。そこにはオーナーの深い愛情によって、不慮の全損事故から見事に復活を遂げ現場復帰した感動のストーリーがありました。

ド派手なグラフィックを纏った4ドアセダン

ハチマルミーティングの会場には、数多くの’80年代の車両が並んでいた。そんな中で目に入ったのは、U12型4ドアのブルーバードだった。なぜ目を引いたかというと、普通の4ドアセダンながらフロントバンパーを抉るように巨大なフォグランプが装着され、ド派手なステッカー装飾とカラーリングが施されており、見た目は完全にレースカーといった雰囲気だったからだ。とにかく会場では、一際目立っていた。

そこでこのクルマについて、早速オーナーの新谷さんに聞いてみた。
「このクルマは1990年式のブルーバードSSS-Rというラリー競技用の車両で、今から15年くらい前に手に入れました。このクルマは後期モデルなので、エンジンはCA18DETではなく、SR20DETを搭載しています」

ラリーで活躍したブルーバードの競技専用車両をオーテックが開発

ブルーバードは211型ダットサンの後継として1959年に310型に進化した際に命名された車名だ。その後ブルーバードは日産の主力車種となり、2001年まで10代にわたって生産された日産の看板車種でありロングセラーカーでもあった。
ブルーバードは上級グレードのSSS(スーパースポーツセダンの略称)で、410や510といった1960年代からラリーをはじめとしたモータースポーツに参戦してきたが、基本的には市販モデルをベースとして参加者やショップがラリー用に手を加えていた。そんな中、8代目となるU12型で初めてSSS-Rが登場した。

SSS-Rはフルタイム4WDのSSSアテーサリミテッドをベースに、オーテックジャパンが開発を手掛けた競技用ベース車輌だ。そのため競技に不要な装備を廃して徹底した軽量化と快適装備の簡素化を施した競技専用の車両となっている。ウインドーは手巻きで、エアコンすらオプション扱いだ。競技前提の車両ゆえ車内にはロールケージが標準で備わり、乗車定員を5名から4名(当時の特に国内ラリー競技のレギュレーションでは、ベース車両が「4名乗車以上の市販車であること」が求められるケースが多かったため)に減らすためリアシート両端にパッドが備わっているのも興味深い。

ちなみに、ボディを彩るトリコロールカラーのステッカーグラフィックは純正オプションのひとつとして設定されていたもの。また前期型と後期型ではグラフィックのデザインが異なり、新谷さんの車両に施されているのは後期仕様のデザインだ。

不慮の事故で廃車寸前に! U12クラブの協力と愛車への執念で見事復活

オーナーの新谷さんは今から15年前にこのクルマを入手した。免許を取得して最初の1台がSSS-Rだったというから、そのマニアックぶりには頭が下がる。そんなカーライフを送っていた新谷さんだったが、今から8年前に悲劇が起こる。事故で追突されてしまい、ボディは再起不能となってしまうのだ。

ところが諦め切れない新谷さんは、同じ後期型のSSS-Rを入手し、エンジンや内装を入れ替えることで見事に蘇らせることができた。フロントバンパー上の巨大なフォグランプはオプション品で、バンパーをカットして装着している。また、8スポークのホイールやステアリングも当時モノのNISMO製となる。

「U12クラブ(U12型ブルーバードのオーナーが集まる愛好会)の方々の協力もあって、ステッカーも再現することができました。今後はせっかく蘇ったこのクルマを大切に維持することが最大の目標です」

事故で全損となっても同型車を探し出し、エンジンと内装を移植してまで蘇らせたSSS-R。クラブのメンバーに支えられながら当時のステッカーグラフィックまで再現したこの1台は、新谷さんにとって単なる旧車コレクションではなく、免許取得以来ともに歩んできた相棒だ。「大切に維持することが最大の目標」というオーナーの言葉に、クルマへの愛情の深さが滲んでいた。

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  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

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