自然の摂理に学び、乗り手に寄り添うGT-Rを目指した「スカイラインの父」の開発哲学
没後15周年を迎えた「スカイラインの父」こと故・櫻井眞一郎氏。生前のインタビューをもとにした特別寄稿の第6回は「クルマ哲学」編である。「かけっこだけのGT-Rは終わった」と言い切った「スカイラインの父」が胸に描いていた理想とは何だったのだろうか。その開発哲学の核心を、氏の言葉をもとにあらためて紐解いてみたい。
馬の走りからヒントを得たHICASとアテーサE-TS
6代目スカイライン(R30型)のころ、排ガス規制もひと段落し、2Lでもある程度の性能が出せるようになった。では、その高性能を支える足まわりはどうあるべきか。悩んだ末に「教えてくれ」と頼り、向かったのが東京競馬場だった。そこで見た馬の走りから、すべてを学んだ。
例えば、馬が走るとき、「体が動けば重心は後ろに移動する。だから後輪でしっかり蹴らなければならない」と自然の摂理が教えてくれる。さらに後ろだけで蹴りが足りなければ、前でも蹴る必要がある。それが後輪駆動ベースのフルタイム4WDの発想だ。
そして、曲がるとき、馬は左右で蹴り方を変える。それを見て、「なるほど、ハンドルは同位相で切らなければならない」と気がついた。そうして生まれたのがR31のHICAS(ハイキャス=低速時にはステアリングを切った前輪と逆方向に後輪を位相し、高速時には前輪と同方向に位相し車体を曲がりやすくする電子制御システム)であり、R32に採用されたATTESA E-TS(アテーサE-TS=普段はFR駆動だが、リア側が加速時や滑りやすい時に最大前後駆動を50:50にする電子制御システム)というわけだ。

わたしはただ、自然が教えてくれたことを、そのままやってきただけだ。逆らってはいけないと、つねに思ってきた。自然の摂理を受け入れ、生活のなかでどうしようもない部分に手を加える。その集積体こそが、スカイラインのあるべき姿なのだ。
だから、その発想を推し進めることに迷いはなかった。それを黙ってやらせてくれたプリンス自動車には、心から感謝している。
速さよりも公平な条件を重んじた「勝てるクルマ」の定義
また、GT-Rは、つねにコンペティターとして恥ずかしくない性能を磨いてきたが、わたしは前も話したとおり、根本的にレースが好きではない。それに耐えうる、勝てるクルマは作るが、「競争しなさい」とは言いたくなかった。
なぜなら、レースというのは機械(マシン)の純粋な勝負ではなく、人間の技量や運が入り込む世界だからだ。わたしが考える勝てるクルマとは、まったく同じ条件で走れば勝てるクルマだ。そこにドライバーの差や運など、機械が持つポテンシャルとは異なる要素が入ると、割り切れない部分が出てくる。それが個人的には面白くない。
それでも、GT-Rはもっと作りたかったという思いはある。とくに4代目(通称:ケンメリ)は、エンジンも足まわりもボディも、もっと自分の思いを込めて磨いていきたかった。誰にでも受け入れられるクルマになる素性はあったと思う。わたしが考えていた「スーパー・グランドツーリングカー」の味は、ケンメリの大衆性と相性がよかったのかもしれない。オイルショックさえなければ理想をより具現化できたかもしれない……いまさらだが。
難しい技術に挑戦し、それを乗り越えてこそ「技術の日産」だ
ハコスカやケンメリGT-Rは、とにかく速く走れるクルマだった。しかし、現代における理想のGT-Rは、もう少し違う形があっていいのではないだろうか。性能を落とすのではなく、もっとコンフォートで、疲れず、楽に運転しやすい。クルマに振り回されるのではなく、ドライバーの意思どおりに動くこと、そして運転に長けていない人であっても無理なく操れること。それが目指すべき理想の姿だと考える。
とにかく、ゼロヨンが何秒、サーキットが何秒という話だけではなく、どちらかというと乗り手のことを考えたクルマであってほしい。ヨーロッパの高性能車は、性能と同時に安心感や快適性をきちんと追求しているが、日本はどうしても数字に引っ張られすぎている。マスコミも、もっと感覚の部分を伝えてほしい。
GT-Rは、時代とともに変わらなければならない。排出基準は三ツ星(超低排出ガス)をクリアし、それでいてより高性能を実現するくらいでなければならない。難しい技術に挑戦し、それを達成してこそ「技術の日産」だと思う。
かけっこばかりのGT-Rは、もう終わった。少しノスタルジックかもしれないし、それがGT-Rと呼んでいいのかはわからない。それでも歴史をこれからもつなぎ、その歴史がどう変わってきたのかを明確にしながら、過去のイメージも大切に受け継いでいってほしい。


































