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「世界で最も美しいスポーツカー」が復活! アルファ ロメオの元祖「33ストラダーレ」が伝説であり続ける理由とは

「世界で最も美しいスポーツカー」が復活! アルファ ロメオの元祖「33ストラダーレ」が伝説であり続ける理由とは

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TEXT: 武田公実(TAKEDA Hiromi)  PHOTO: Stellantis

車重700キロのコンパクトな姿で最高速260キロをうたった

かくして、1967年11月から製作が開始された市販型33/2ストラダーレは、先行して2台のみ製作されたプロトティーポ(試作車)に比べて、ワイパーやラジエターグリル、そしてフェンダー形状などいくつかの点が異なっていた。

また生産モデルのためにスカリオーネは、ラジエターを通過して暖かくなったフレッシュエアをブレーキディスクの回るタービュランス効果で引き込み、ディスクの冷却に生かす2次利用を考えていた。フロントフェンダー後部サイドに、負圧を利用するエアアウトレットが開けられることになるのはそのためである。

ただし、サイドの視覚的連続性を損ねないようにするため、エアアウトレットはボディと同色にペイントするのがデフォルトとされた。

さらに、プロトティーポでは4灯とされていたヘッドライトも、生産型33ストラダーレでは2灯式へとモディファイされることになるが、これは下側のライトの取り付け位置が低過ぎて、とくにマーケットとして意識していた北米の道路法規に抵触するためだったとみられている。

市販モデルのボディサイズは、全長3970mm×全幅1710mm×全高990mmと、現代の眼で見ればきわめてコンパクト。いっぽうスピカ社製インジェクションを組み合わせたV型8気筒4カムシャフト・1995ccのエンジンは、レース用33/2の270psに対して230psまでデチューンされたものの、想定車重がわずか700kgと軽かったため、最高速度は260km/hに達するとうたわれていた。

そしてボディの製造については、ミラノのカロッツェリア「マラッツィ」が担当することになったのだが、創業間もない同社では熟練工が不足していたことから、スカリオーネは1台1台入念に仕上がりを確認しなければならなかったといわれている。

セールス面では不調に終わるも、伝説として後世に伝えられたアイコン

アルファ ロメオ側の当初の予定では、ティーポ33/2ストラダーレはよりコンフォータブルなツーリング版の「バージョンA」と、レーシングユーズにも即転用可能な「バージョンB」の2本立てで生産されることになっており、そのパフォーマンスは当時のレーシングバージョン、33/2「フレロン」の95%を下回らないことが目標とされていた。

バージョンAは安全ガラス製のウインドシールドを装着するほか、同じくガラス製の昇降式サイドウインドウ、若干ながら厚みを増したシート、エンジンルームの熱や騒音からコクピットを遮断する内張りなどの快適装備が与えられることになった。

他方のバージョンBは、固定式のサイドウインドウ、レーシング用シートが与えられるほか、内張りは省略することができた。そして生産型でもAとBのバージョンは残されながらも、その外見上の差異はボディサイドのモールとサイドウインドウが昇降式かスライド式くらいのものとなっていた。

いずれにせよ33/2ストラダーレは、快適志向のバージョンAでさえも、ほとんどグループ6レーシングプロトタイプに近いようなシロモノ。一定の実用性や快適性も兼ね備えていた「ディーノ206/246GT」とは異なり、一般のカスタマーには少々スパルタンに過ぎたようだ。

さらに、975万リラ(当時の為替レートで約550万円)という販売価格は当時としては非常に高価だったことも相まって、製作台数は当時のFIAグループ5スポーツカーのレギュレーションが求める最低生産台数25台どころか20台にも満たないごく少数に終わってしまった。

ちなみに生産台数については諸説あるが、メーカー側の公式見解では長らく18台説をとってきたようだ。ただしこの18台は、ベルトーネが手がけた「カラーボ」や、ピニンファリーナの「33/2クーペ スペチアーレ」と「クネオ」、イタルデザインの「イグアナ」などのコンセプトカーも含んだもので、通常の33/2ストラダーレは2台のプロトティーポを合わせても12台前後といわれている。

レースカーの開発に費やした多額の投資を償却するため、33/2ストラダーレだけでも50台の生産を目論んでいたとも言われるアルファ ロメオは、さらに各カロッツェリアにパートナーシップを求め、その生産を委託するかたちで最大500台の生産さえ計画していたともいわれているのだが、残念ながらその目算は大きく外れ、一連のコンセプトカーが生産に移されることはなかった。

しかし、比類なき個性を誇りつつ、第二次大戦前以来のアルファ ロメオが誇ってきたヒストリーや独特のエクスクルーシブ性も巧みに表現した元祖ティーポ33/2ストラダーレは、のちに「世界で最も美しいスポーツカー」と称され、「8Cコンペティツィオーネ」や「4C」、そしてこのほど初公開された新生「33ストラダーレ」など、後世のアルファ ロメオのスタイリングにも絶大な影響をおよぼすことになったのである。

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  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 武田公実(TAKEDA Hiromi)
  • 1967年生まれ。かつてロールス・ロイス/ベントレー、フェラーリの日本総代理店だったコーンズ&カンパニー・リミテッド(現コーンズ・モーターズ)で営業・広報を務めたのちイタリアに渡る。帰国後は旧ブガッティ社日本事務所、都内のクラシックカー専門店などでの勤務を経て、2001年以降は自動車ライターおよび翻訳者として活動中。また「東京コンクール・デレガンス」「浅間ヒルクライム」などの自動車イベントでも立ち上げの段階から関与したほか、自動車博物館「ワクイミュージアム(埼玉県加須市)」では2008年の開館からキュレーションを担当している。
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