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バブル末期1990年代のF1パイロットを振り返る!「F1日本GP」前に「セナ・プロ対決」からシューマッハまでを懐かしもう

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TEXT: 藤田竜太(FUJITA Ryuta)  PHOTO: Ferrari/Mercedes-Benz/原田了(HARADA Ryo)

  • 21世紀の現代F1において、イタリアンレッドを護るフェラーリ
  • やはり13年前からコレクションに加えられていたBMW-ザウバー。展示プレートでは2007年のF1.07とあるが、サスペンションの形状などからエンジンをBMWに載せ替えたテストカーのC24だろう
  • ジョーダン・グランプリとしてホンダ・エンジンを搭載する最後のマシンとなった2002年のジョーダンEJ12も新たに登場。佐藤琢磨のF1GPデビューも大きなニュースに
  • BMWにコンバートして2シーズン目となった2001年のウィリアムズFW23も、新たにコレクションに加えられた1台。ラルフ・シューマッハとファン・パブロ・モントーヤで4勝を挙げランク3位に
  • マールボロ煙草からウエスト煙草にタイトルスポンサーが切り替わった1997年のマクラーレンMP4-12も新たにジンスハイムのコレクションに加えられていた
  • こちらは新たにコレクションに加えられた1996年のウィリアムズFW18。デイモン・ヒルとジャック・ヴィルヌーヴがドライブして16戦中12勝を挙げ、ダブルタイトルに輝いている
  • 反対に、少数派のフェラーリは13年前と同様に、エンジンを伝統のV12からV10にコンバートした1996年のフェラーリ648、通称「F310」が孤高の座を守る恰好となっている
  • こちらもリニューアルで収蔵展示車両となった1995年のベネトンB195。前年に初めてチャンピオンとなったミハエル・シューマッハが9勝を挙げ2連覇を果たし、ベネトンに初のタイトルをもたらしている
  • リニューアル以前から、この博物館において「余生」を過ごしてきた1991年のウィリアムズFW14。展示プレートには1992年とあるが、1992年にはFW14Bに進化しているので、ここでは1991年と表記
  • こちらも13年前から、この博物館で「余生」を過ごしていた1987年のウィリアムズFW11B。赤いゼッケン#5はナイジェル・マンセル車。シーズン6勝を挙げている
  • おまけ(F1パドックでのニキ・ラウダ氏のスナップショット)
  • メルセデス・ベンツクラシックのジャンパーを着たマンフレッド・フォン・ブラウヒッチュは、1998年と1999年の2年連続F1ワールドチャンピオンになったミカ・ハッキネンとウンタートウルクハイムの90度バンク内で会った
  • やはりリニューアルで登場した1989年のマクラーレンMP4/5。前年を限りにターボが禁止され、ホンダが新たに開発した3.5L V10を搭載。アイルトン・セナとアラン・プロストが計10勝を挙げ王座に
  • 1996年のフェラーリ F310
  • フェラーリで何度も王者に輝いたミハエル・シューマッハ

今さら語りたい! 1990年代の懐かしのF1ドライバー

スカイライン「GT-R」、ホンダ「NSX」、マツダ「RX-7」など、 近年、1990年代の国産スポーツカーに驚くほどの高値がついて取引されていますが、1990年代はスポーツカーだけではなく、F1を筆頭にモータースポーツも一大ブームでした。国内のF3000でも30台以上のエントリーがあり、予選はA組B組の2組に分かれ、予選落ちも出るほど。観客数が5万人を超えることもあり、F3000専門誌が発刊されるほど人気がありました。もちろん頂点のF1はそれ以上の人気があり、個性的な役者(ドライバー)も揃っていたのです。そうした、1990年代の素敵なドライバーたちを、2024年のF1日本グランプリ前に振り返ります。

マクラーレン・ホンダ

1988年からホンダとタッグを組んだマクラーレンは、1990年代初頭も絶好調だった。

音速の貴公子、アイルトン・セナが1990年、1991年とワールドチャンピオンに輝き、世界中のファンを熱狂させた。セナの魅力は、ストイックさと速さ。66回のポールポジションは、2006年にミハエル・シューマッハに更新されるまで歴代1位であり、モナコでの6勝という記録は破られていない。

また雨のレースでは特に強く、デビューイヤーでトールマン時代の1984年第6戦モナコGPと、型落ちエンジンのマクラーレン・フォードで戦った1993年第3戦ヨーロッパGP(ドニントンパーク)での快走は、伝説のレースとなっている。

ライバルには、「セナ・プロ対決」と言われたアラン・プロストをはじめ、ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケ、そして若きミハエル・シューマッハなど、F1史に残る強豪が揃い、常に彼らと好バトルを演じ勝ち抜いたことで、セナを「史上最高のF1ドライバー」と評する人は多い。

1994年第3戦サンマリノGPで、タンブレロのコンクリートウォールに激突。帰らぬ人となった……。

ウィリアムズ

1984~1987年までホンダのターボエンジンで一時代を築いたウィリアムズは、1989年からルノーエンジンを搭載。鬼才エイドリアン・ニューウェイがシャシーを開発し、アクティブサスペンションやトラクションコントロールなどハイテク装備を武器に、黄金期を迎える。

この時期活躍したのが、ナイジェル・マンセルとアラン・プロストの2人。

「マンちゃん」ことナイジェル・マンセルは、ウィリアムズ・ホンダ時代の1986年、1987年にランキング2位。1991年もランキング2位で、速さはピカイチなのにミスも多く、無冠の帝王と呼ばれていたが、1992年に悲願のワールドチャンピオンに。

苦労人だが、セルフセンタリングで、ハチャメチャなキャラクターが愛され、「大英帝国の愛すべき息子」とも呼ばれ、「荒法師」というあだ名も似合っていた。

一方、アラン・プロストは「プロフェッサー」の異名をとる頭脳派ドライバーの代表格。

4回のワールドチャンピオン、通算51勝(当時最多)のキャリアを誇り、マクラーレン、ルノー、フェラーリと渡り歩き、1993年にウィリアムズでチャンピオンになった後に引退。多くのチーム、ドライバーともめたりしたが、実力は折り紙付き。セナの最大のラインバルだった。

1997年には、フェラーリの伝説的なドライバー、ジル・ヴィルヌーヴの息子、ジャック・ヴィルヌーヴもチャンピオンになっている。

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